真名井社家通りの主な観光施設

1.北島国造家四脚門
 出雲大社の寛文(1661-73)の造替(注参照)にあたり、境内を拡張するため本殿の後方にあった北島国造家の屋敷が現在の位置に移された。このとき、二つあった国造家の門のうちの一つが移築されたもので、出雲大社神域内の建築物の中では最も古く、島根県の文化財に指定されている。

2.北島国造家大門
 棟札によれば安政6年(1859)松江藩主松平定安公が武運長久、子孫繁栄、国土安全如意満足を祈念して奉献されたもの。嘉永元年(1848)以来、灘分の龍神講社から大注連縄の奉納が続けられている。現在の大注連縄は平成4年に奉納されたもので、長さ5.5メートル、中央の太さ約3メートル、重さは約500キロもある。

3.北島国造家庭園
 寛文の屋敷替えにあたり、大広間と書院の北面に作庭された池泉鑑賞回遊式庭園で、江戸初期から中期にかけての遺構が保存されている。正面にかかる「亀の尾の滝」など見所が多い。

4.能野川と土居の石垣
 出雲大社の東、北島国造館との間を流れる能野川(吉野川)は自然の渓流で、しばしば氾濫し境内が水浸しとなった。寛文の造替にあたって境内の拡張、嵩上げと同時に吉野川の川幅を広げて護岸がなされ、土居が築かれた。以来340年、当時の景観がそのまま残されている。

5.旧社家竹下邸
 竹下家はもと大庭の地にあったが、出雲国造家が杵築に移られると同時に現在の場所に移住、代々上官の職を勤めた旧家である。国造家から同家に御成の際には特別の門から御成の間に出入があったと伝えられ、現在も旧態が保存されている。

6.出雲の森
 森と呼ばれてはいるがムクの大樹が荒垣に囲まれて屹立しているだけの場所である。例年6月1日にこの御神木の前で涼殿祭(真菰の神事)が斎行される。この祭りは諸障りの多い夏を無事息災に過ごせるようお祈りする祭りとされている。

7.命主社
 天地開闢(世界の始まり)の造化三神の一柱、神皇産霊神が祀られており、かつて背後に巨岩があったことから古代の磐座(神の御座所)が神社に発展した例として貴重な神社と言われている。寛文の造替にあたってこの巨岩を石材として切り出したところ、下から弥生時代の銅剣や銅矛、勾玉などが発見された。

8.ムクの巨木
 命主社の前に、推定樹齢1000年といわれるムクの大樹がある。高さ17m、根元回り12mもあり、昭和51年に島根の名樹に指定されている。

9.真名井の清水
 出雲大社の神事に関わる神聖な水として知られる。古くから地域の人たちの生活用水にも利用されており「神水」としてこの清水を汲みにくる人も多い。島根の名水百選に選ばれている。

注:寛文の造替について
 出雲大社は古代に創建されて以来造替が繰り返されてきているが、寛文年間(1661〜72)に行われた造替は下記の如く特別な意義をもつ造替として注目されている。
1.鎌倉末期以降、340年間にもわたって続いた仮殿式と呼ばれる本殿の様式が正殿式に改められた。
2.尼子氏時代に建立された境内の仏教施設が取り除かれ、神道関係施設のみになった。
3.社殿の後方にあった北島国造邸が現在地に移され、社域の拡大がなされた。
4.本殿ばかりでなく、拝殿なども造営・修造され、かつての出雲国一宮としての格式を備えた大社となった。
(山崎裕二「出雲大社の寛文の造営について」名草神社三重塔と出雲大社より)